今回は離婚原因の1つである「悪意の遺棄」について解説します。

あまり見慣れない言葉でイメージもつきにくいと思いますので、具体例を参考にしながら、どのような場合に「悪意の遺棄」といえるのかを確認していきましょう。

そもそも離婚原因とは?

離婚をする方法には、協議離婚・調停離婚・裁判離婚という3つの方法があります。

仮に相手方が離婚を拒否している場合には、協議離婚や調停離婚によって離婚することはできないため、裁判離婚という方法で離婚をする必要があります。

ところが、どんな場合でも裁判離婚が認められるわけではありません。

裁判離婚をするためには、法律上定められた「一定の事由」が必要とされています。この「一定の事由」のことを、「離婚原因」といいます。

離婚原因にはなにがある?

民法は、以下の5つの事由を「離婚原因」として定めています(民法第770条1項)。

(1) 配偶者に不貞な行為があったとき

(2) 配偶者から悪意で遺棄されたとき

(3) 配偶者の生死が3年以上明らかでないとき

(4) 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき

(5) その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき

以上の5つの離婚原因のうち、「不貞行為…(1)」や「3年以上の生死不明…(3)」、「強度の精神病…(4)」については、比較的イメージしやすいのではないかと思います。

それでは、「悪意の遺棄…(2)」についてはいかがでしょうか。

あまり見慣れない言葉ですので、イメージが難しいのではないでしょうか。

そもそも日常生活において「遺棄」という言葉を目にする機会が少なく、ニュースや新聞で「保護責任者遺棄罪」などを目にすることがあるぐらいでしょう。

そのため、「悪意の遺棄」も、何かしらの犯罪行為を指しているように思われるかもしれませんが、実はそうではありません。

今回は、「悪意の遺棄」がどのようなものなのかについて、具体例を示しながらわかりやすく解説します。

悪意の遺棄とは?

「悪意の遺棄」とは、一言でいうと、正当な理由なく夫婦の同居義務/協力義務/扶助義務を履行しないことをいうと考えられています。

そのため、「悪意の遺棄」を理解するためには、まず同居義務/協力義務/扶助義務が何なのかを理解をする必要があります。

同居義務/協力義務/扶助義務とは?

民法752条は「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。」と規定しており、夫婦は互いに同居義務/協力義務/扶助義務を負っていると考えられています。

「同居義務」とは、読んで字のごとく、夫婦が同居しなければならない義務を言います。

また、「協力義務」や「扶助義務」とは、夫婦がお互いに同程度の生活を送れるよう助け合って婚姻生活を送らなければならない義務を言います。

悪意の遺棄となる具体例

それでは、「悪意の遺棄」(=正当な理由なく同居義務/協力義務/扶助義務を履行しない)というのは、どのような場合に認められるのでしょうか。

以下では、ひとつずつ具体例を見ていきましょう。

(1)同居義務違反が問題となりうるケース

夫婦には同居する義務があるとは言っても、単に同居していないだけで直ちに「悪意の遺棄」と評価されるわけではありません。

例えば、

・単身赴任している場合

・里帰り出産や両親の介護のために実家に帰省している場合

・長期入院している場合

・配偶者のモラハラや暴力などが原因で別居している場合

等のケースでは別居することに正当な理由があるといえるため、「悪意の遺棄」とは評価されないでしょう。

他方で、

・浮気相手と暮らすために別居した場合

・配偶者に行き先や理由も告げずに突然行方をくらました場合

等ですと、「悪意の遺棄」と評価される可能性があります。

別居した目的や、生活費の送金の有無、別居による相手方配偶者や子どもの生活状況、別居期間の長さなどを総合的に考慮して「悪意の遺棄」に該当するかどうか判断されることになります。

ちなみに、「遺棄」という言葉を見ると、どうしても配偶者を置き去りにして出て行ってしまう場合を想定してしまいがちですが、例えば玄関の鍵を交換して配偶者が自宅に入れなくしてしまうケースのように、配偶者を追い出した場合であっても、「悪意の遺棄」と評価される可能性はあります。

(2)協力義務違反や扶助義務違反が問題となりうるケース

夫婦には互いに協力する義務や扶助する義務がありますが、配偶者が家事や育児に協力しなかったり、生活費を負担しなかったりと、配偶者の非協力的な態度が原因で夫婦間でトラブルになるケースはしばしば見受けられます。

特に、

・家事や育児をしない

・生活費を納めない

・趣味やギャンブルに散財する

・健康なのに働かない

等が問題となる典型的なケースであり、たしかに、これらのケースでは配偶者は協力義務や扶助義務を十分に履行していないようにも思われます。

しかし、だからといって、これらのケースが直ちに「悪意の遺棄」と評価されるわけではありません。

そもそも、「悪意の遺棄」は、「不貞行為」などと同じ離婚原因の1つです。

そのため、「不貞行為」などと同様に離婚原因といえるだけの悪質な協力義務違反や扶助義務違反でなければ「悪意の遺棄」とは評価されません。

すなわち、同居義務違反のケースと同様に、義務違反の程度や理由、義務違反の期間、義務違反による相手方配偶者や子どもの生活状況など、様々な要素を総合的に考慮して、離婚原因といえるだけの悪質な義務違反があるかを判断することになるのです。

この点、「健康で働けない理由もないのにろくに働きもせず、ギャンブルして家計を圧迫してばかりで、家事や育児にも全く協力しない」といった悪質なケースであれば、「悪意の遺棄」と評価される可能性はありますが、ただ単に「配偶者の一方に比べて家事や育児の負担割合が少ない」とか、「就職活動はしているが、仕事へのこだわりが強いため、なかなか次の仕事が決まらない」といったケースですと、「悪意の遺棄」と評価される可能性は低いと言わざるを得ないでしょう。

悪意の遺棄の立証

仮に「悪意の遺棄」と評価しうるような事案であっても、裁判において「悪意の遺棄」を認定してもらうためには、それを裏付ける「証拠」が必要となってきます。

例えば、

・別居の経緯がわかる会話の録音データやメールでのやりとり

・浮気相手と同居していることがわかる写真

・配偶者が生活費を負担していないことがわかる預金通帳や家計簿

・配偶者の浪費がわかるクレジットカード利用明細やレシート

・配偶者が生活費を負担しないので生活が苦しい事を示す生活状況の収支表や各種明細

・配偶者が家事や育児をしないことについて書かれた日記

などが考えられます。

また、「悪意の遺棄」として立証することが難しいようなケースでも、これらの配偶者の行いが「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」という別の離婚原因に該当する場合もあります。

実際に離婚裁判を起こす場合には、「悪意の遺棄」だけでなく、「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」にも該当すると主張することがほとんどだと思われますので、同居義務/協力義務/扶助義務に違反していることを裏付ける証拠だけでなく、相手方との婚姻を継続しがたい事情を裏付ける証拠も併せて集めるのが良いでしょう。

悪意の遺棄を理由に慰謝料請求できる?

冒頭で述べたとおり、裁判において「悪意の遺棄」と評価された場合には、たとえ相手が離婚を拒否しているような場合であっても、裁判離婚によって離婚することができます。
それに加えて、「悪意の遺棄」によって被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料を請求することも可能です。
あくまでも目安ですが、悪意の遺棄を理由とする慰謝料請求の相場金額は数十万円〜200万円程度であり、義務違反の程度やその期間、それによって相手方の配偶者が置かれた状況の苛酷さなどによって金額の増減が変動します。
悪質なケースなどであれば300万円程度の慰謝料が認められる可能性もあります。

まとめ

以上では離婚原因の1つである「悪意の遺棄」について詳しく解説してまいりました。

もし配偶者が、同居義務/協力義務/扶助義務を履行してくれなくてお困りの際は、この記事の内容を参考にしていただければ幸いです。