婚姻期間中に協力して築いた財産は、離婚するときには分け合うことになります。年金も、分け合える財産の1つです。年金は老後の生活設計の軸となるものですから、あとになって「しまった」ということがないように、年金の分割制度について正しく理解しておきましょう。この記事では年金分割制度のポイントから、離婚後に年金額を上げていく方法まで解説します。
目次
離婚時の年金分割制度とは?

日本の公的年金制度は、国民年金と厚生年金の2階建ての仕組みになっています。国民年金は、日本に住んでいる20歳以上60歳未満のすべての方が加入し、厚生年金は、会社員などの方が上乗せで加入します。公務員の方が加入していた共済年金は、2015年に厚生年金に統合されました。
ここで考えたいのが、専業主婦の場合です。主婦として家庭を守り、夫の仕事と同様に家事育児に励んできた実績があっても、厚生年金保険料を支払っていないために年金額は少なくなってしまいます。これを不公平だと感じられる方も多いでしょう。
そうした事態を解消するのが「年金分割制度」です。この制度は、婚姻期間中の厚生年金は夫婦が協力して負担したものであるので、離婚時には分け合って、それぞれの厚生年金記録とする、と定めるものです。共済年金、厚生年金基金で行っている厚生年金の代行部分なども、年金分割の対象となっています。
ただし、年金分割制度には注意すべきルールもいくつかあります。うまく活用するために、以下の注意点を正しく理解しておきましょう。
▽離婚時の年金分割・注意点
・結婚前や離婚後の期間は分割の対象にならない
・相手が自営業者の場合は、厚生年金に加入していないので、分割することはできない
・お互いが会社員などで厚生年金に加入している場合は、厚生年金が多い方から少ない方へ分割される
・老齢厚生年金を受け取るには、保険料納付済期間や生年月日などによる老齢基礎年金の受給資格要件を満たす必要がある。厚生年金の分割を受けても受給のための要件を満たしていない場合は、老齢年金を受け取ることができない。
年金分割制度は2種類ある
年金分割制度には、「合意分割制度」と「3号分割制度」の2種類があります。どちらも“離婚すれば自動的に年金分割が行われる”という性質の制度ではないので、必ず申請が必要です。
「合意分割制度」の場合
2007年(平成19年)4月1日以降に離婚などをした方が対象になります。夫婦であった期間の厚生年金記録を、50%を上限としてお互いが納得できる割合に分割できる制度です。二人ともに厚生年金記録がある場合は、夫から妻へではなく、厚生年金記録の合計を多い方から少ない方へ分割します。
「3号分割制度」の場合
2008年(平成20年)5月1日以降に離婚などをした方が対象になります。2008年(平成20年)4月1日以降の夫婦であった期間中に、妻が専業主婦など、一方に国民年金の第3号被保険者の期間がある場合、その期間に相当する相手の厚生年金記録を2分の1ずつに分割できる制度です。こちらの制度では、請求にあたって双方の合意が必要ないという特長もあります。
ただし相手が障害厚生年金を受けている方で、2008年4月1日以降に障害年金認定日がある場合は、3号分割制度は利用できません。
合意分割制度・3号分割制度の請求方法
年金分割は次のような手続きを行います。
「合意分割制度」の場合
1. 情報提供請求書を記入し、必要書類を添えて年金事務所に提出する
2. 「年金分割のための情報通知書」を年金事務所から受け取る
どのような割合で分割するか、按分割合を決めるための情報が記載されています。
3. 年金分割をすることや、分割の按分割合について話し合う
分割の割合は、二人の話し合いで決めますが、合意が得られないときは家庭裁判所の審判、調停、裁判で決めることになります。
4. 按分割合が決定したら、「標準報酬改定請求書」と必要書類を年金事務所に提出する
3号分割の対象となる期間がある場合は、合意分割と3号分割が同時に行われます。
「3号分割制度」の場合
先述のとおり、お互いの合意がなくても、第3号被保険者であった方が請求することで分割できます。「年金分割のための情報提供請求書」に必要書類を添えて年金事務所に提出します。
年金分割を請求できる期限
年金分割の請求は、原則として離婚した日の翌日から2年以内に行わなければなりません。なお、離婚のほかに、次の事由に該当する場合も該当日の翌日から2年以内であれば請求が可能です。
1. 婚姻の取り消しをしたとき
2. 事実婚関係であったが解消したと認められるとき
ただし、次の事例に該当した場合は特例として、該当した日の翌日から6ヵ月以内であれば、年金分割の請求をすることができます。
A)離婚した日の翌日から2年以内に審判の申立てを行い、請求期限を過ぎた場合、または請求期限の6ヵ月以内に審判が確定した場合。
B)離婚した日の翌日から2年以内に調停の申立てを行い、請求期限を過ぎた場合、または請求期限の6ヵ月以内に調停が成立した場合。
C)離婚訴訟の中で付帯処分を求める申立てを行い、請求期限を過ぎた場合、または請求期限の6ヵ月以内に判決が確定した場合。
D)離婚訴訟の中で付帯処分を求める申立てを行い、請求期限を過ぎた場合、または請求期限の6ヵ月以内に和解が確定した場合。
調停や審判、裁判手続きによって按分割合が決定した後、分割の手続きをする前に相手が亡くなった場合は、亡くなった日から1ヵ月以内であれば分割の請求が認められます。
老後の生活費はいくら必要?
20歳から60歳までの40年間にわたって国民年金に加入すると、65歳から老齢基礎年金を受給できます。老齢基礎年金は、2020年では満額で月に約6万5,000円です。2019年の高齢世帯の平均的な支出は、夫婦無職世帯で27万928円、単身無職世帯で15万1,800円となっています。
生活費の不足分は労働することで収入を得たいと思っていても、高齢になると健康上の問題で思うように働くことができないことも考えられます。年金制度の2階部分である厚生年金を受給することは、老後の生活において非常に重要です。
なお、年金は受給開始から死亡時まで支払われますが、分割を受けた納付記録は、たとえ相手が亡くなっても影響がありません。年金分割制度を正しく理解して、年金分割ができる場合は必ず手続きしておきましょう。
お互いの年金は納付記録として将来の年金額が計算される
年金分割の事例をあげて概算してみましょう。
事例1:婚姻期間中に「共働き」だった場合
・婚姻期間:2010年4月~2021年3月(11年)
・婚姻期間中の年収:夫600万円、妻200万円
・夫の対象期間標準報酬総額:6,600万円、妻の対象期間標準報酬総額:2,200万円、按分割合50%
1. 夫と妻の対象期間標準報酬総額の合計額を計算する。
6,600万円+2,200万円=8,800万円
2. 按分割合50%で、分割後の夫と妻の対象期間標準報酬総額を計算する。
夫:8,800万円÷2=4,400万円
妻:8,800万円÷2=4,400万円
3. 対象期間の夫と妻の老齢厚生年金額を計算する。
4,400万円×5.481/1,000=24万1,164円(年額)
年金分割後の老齢厚生年金はお互いに24万1,164円になります。妻の婚姻期間中の標準報酬総額は、年金分割によって2,200万円から4,400万円に、年金額は12万582円増えることになります。
事例2:婚姻期間中に妻が「専業主婦」だった場合
・婚姻期間:2010年4月~2021年3月(11年)
・婚姻期間中の年収:夫600万円 妻60万円
・夫の対象期間標準報酬総額:660万円、妻の対象期間標準報酬総額:0円、按分割合50%
1. 夫と妻の対象期間標準報酬総額の合計額を計算する。
6,600万円+0円=6,600万円
2. 按分割合50%で、分割後のそれぞれの対象期間標準報酬総額を計算する。
夫:6,600万円÷2=3,300万円
妻:6,600万円÷2=3,300万円
3. 対象期間の夫と妻の老齢厚生年金額を計算する。
3,300万円×5.481/1,000=18万873円(年額)
年金分割後の老齢厚生年金は夫と妻それぞれ、18万873円になります。妻の婚姻期間中の標準報酬総額は、年金分割によって0円から3,300万円に、年金額は18万873円増えることになります。
年金額を増やす方法はある?
先ほどの事例では、夫の厚生年金記録を受け取る前と比べると、厚生年金額は月額1~1.5万円増えることになります。続いては、離婚後に年金額を増やしていく方法をご紹介します。
方法1:国民年金の保険料免除制度・納付猶予制度を利用する
会社員や公務員である夫の扶養内であれば、国民年金保険料の負担はありません。しかし、離婚後は自分で国民年金保険料を納めることになりますので忘れずに必ず納めましょう。2020(令和2)年度の国民年金保険料は、月額1万6,540円です。6ヵ月分、1年分、2年分などまとめて納めると保険料の割引が受けられます。
前年の所得が一定額以下など、経済的な理由で保険料の納付が難しい場合は、保険料免除制度や納付猶予制度を利用できますので、年金事務所に問い合わせてみましょう。
保険料免除は4種類あり、全額免除が承認された場合でも、税金分である保険料の2分の1は老齢基礎年金の年金額に反映されます。また、年金を受けるために必要な受給資格期間としても算入されます。
そのままにしておくと、老齢年金が少額になるばかりでなく、病気やケガ、死亡という事態になったときに、障害基礎年金や遺族基礎年金を受けることができない場合もありますので、十分注意しましょう。
保険料免除・納付猶予が承認された期間の保険料は、10年以内なら、後から納めて(追納)老齢基礎年金額を満額に近づけていくことができます。すでに未納期間がある方は、60歳以降に任意加入をして満額に近づけましょう。
方法2:付加保険料を納める
定額の国民年金保険料に上乗せして、月額400円の付加保険料を納めると、200円×付加保険料納付月数が付加年金額として老齢基礎年金に加算されます。
方法3:厚生年金に加入する・勤務時間を増やす
厚生年金に加入すると、老齢基礎年金に老齢厚生年金が上乗せされて受け取ることができます。厚生年金保険料は、勤務先で半分納めてもらえるので負担が抑えられ、病気やケガ、死亡などの事態が起こった場合には、障害厚生年金、遺族厚生年金を受けられる対象になります。
方法4:繰り下げ受給する
老齢年金は、66歳から70歳までの期間に、繰り下げて受け取ることができます。1ヵ月繰り下げるごとに0.7%、70歳まで繰り下げると年金額は42%増額し、増額率は一生変わることはありません。
離婚後に厚生年金に加入するには?
離婚後に厚生年金に加入するには、正社員や契約社員、派遣社員として就職する以外に、次の要件を満たす場合は、厚生年金や健康保険などの社会保険に加入することができます。
1. 1週間の労働時間が20時間以上である。
2. 1ヵ月の決まった賃金が8万8,000円以上である。
3. 雇用期間が1年以上予定されている。
4. 学生ではない。
5. 1)従業員数が501人以上の会社に勤めている。
2)従業員数が501人以下の会社に勤めていて、社会保険加入について労使で合意がなされている。
社会保険料は、会社で半額負担してもらえるので、現在支払っている国民年金保険料・国民健康保険料よりも、保険料が安くなる場合があります。
現在、パート、アルバイトで働いていらっしゃる方は、勤務先の担当者に社会保険に加入できるかどうか確認してみてはいかがでしょうか。
相手に年金をもらっても老後が安心とは言えない
一般的に、老後の生活を年金だけでまかなうことは難しいとされています。年金分割の手続きをして、相手から年金を受け取った場合でも、そのままでは老後の生活が安心とは言えないでしょう。年金を増やす対策を早めに考えて行きましょう。
離婚するときには、年金分割のほかにも財産分与、婚姻費用、慰謝料、養育費などお金の問題について知っていただき、解決に向けて進めていただきたいと願います。